2015年の始めに

 ある時期より私は、「強い力」を求める者、例えば宗教家や神秘主義者・武術稽古人たちの多くには、ある共通した問題が存在するとのでは感じ始めました。

 それは、「自分の欠点に正面から目を向ける事を避けながら、人生の大逆転を狙う」という「浅ましさ」です。

 言いかえれば、自分を困らせ苦しめる問題に直面したとき、一番最初に手を付けるべき「自分の中にある原因」、己の足りなさや至らなさに正面から取り組む事なく、飛び抜けた力や神秘的な思想にすがりつき、目の前の現実をねじ伏せようという逃避思考です。

 そして同じ欠点を自分の中にも見つけた時から、私にとってこの克服が武術における最大の目標のひとつとなりました。


 多くの達人や大人物と呼ばれる方たちさえも、この呪縛から逃れる事ができていないと私は感じています。
 例えば武術家にとって「強くなる」という行為は、むしろ水面下でこの資質を増大させるとすら思うからです。

 「戦闘能力」や「地位」とは、いわば自分を護る「メッキ」です。
 「自分は強い」というかりそめの自信は、心の本質的な欠点や弱さが改善されていなくとも、それを他者から見えぬように覆い隠してくれます。

 他でもない、自分自身からもです。


 つまり、戦闘能力や地位が増大するという事は、自分の本性を覆い隠す壁が分厚くなるという事です。
 多くの宗教家は「教義」に、異能者は「特殊技能」に形を変え、これと同じ構造を抱えています。

 この観点でいうと、厳しい滝行も、血を吐くような素振りの連続も、苦難に満ちた布教活動も、全て「逃避」となりえます。
 「苦難に立ち向かっている」と思いながら、一番魂が揺さぶられる「自己対峙」という耐え難さから逃げられるからです。
 それは、「お前は本当はこんな人間だろう」と自分自身から突きつけられる、偽りなき刃です。

 苦行が辛ければつらいほど、目先の苦痛に意識が集中するので、自分の「最奥部」に視線を戻さずに済みます。
 さらに、分かりやすい苦痛が増すごとに「立ち向かっている」という気分は盛り上がり、そんな自分が本質的に「逃げている」とは夢にも思いません。

 こうしてメッキの奥に隠れながら、武術家たちは自分自身も気づかぬまま、真の「弱さ」や欠点を腐らせてゆくのです。メッキの放つ、輝きと恍惚の中で。
 外殻が厚く、硬くなるほどに中身は手入れが行きとどかなくなり腐りやすくなりますが、密閉されているので腐臭はなかなか漏れ出ません。

 私は人の真の強さとは、「自己の弱さ、欠点から目をそらさず、正面から取り組む誠実さ」だと思っています。

 ところが、戦闘能力や神秘的な特殊技能といった表面的な「力」を増大させる作業は、真の「強さ」を獲得する上では全く逆行させる行為だと思い至ったのです。


 この逆説を思ったとき、人の「強さ」とは一体何なのかと考えさせられます。
 しかし、そこで私は「だから武術は虚しいのだ」とは思いませんでした。

 これらの構造的欠陥を正面から見すえた上で改めて武術に取り組んだとき、初めて見えるものがあるはずだ、と思えたからです。
 つまり、「武術そのものがもつ弱さに、正面から目を向ける」のです。

 今では、この問題に無自覚なまま武術の実力だけを向上させても、意味が無いとすら思っています。


 達人と評された武道家が敗北した後、行動を狂わせたという話を私は聞きました。
 戦国最強に近い実力を有した剣豪が、晩年武術に携わった事を悔いていたという一文が残されています。

 おそらく彼らは、メッキの中身が手付かずのまま、表面的な強さで自分の土台を支えてしまったのです。
 その「強さ」ゆえに。

 あらゆる武術家は、器が砕かれ本性がむき出しにされたとき、すなわち「敗れた時」にこそ、真の強さが試されるのだと思います。
 また、厚いメッキで自分を覆っている者ほど、追い込まれた時に見苦しい本性が現れやすいものです。

 「この世で最も敗北しない者」というのは、「この世で最も己の弱さと向き合う機会を失っている者」であるという、恐ろしい本質的矛盾がそこには存在しているのです。


 私は今、「たとえ世界最弱になっても揺らがぬ何か」を、武術を通じて獲得したいと思っています。
 それは、「強さ」によって自己を支えたがる武術家や格闘家、稽古人には一番の難題です。

 同時にそれは、腕力という最も原始的な「戦闘能力」を有さずに生まれてくる多くの女性たちが、特に過去の時代、時に当たり前のように有していたはずのものです。


 見せかけの「強さ」ばかりに執着し、虚しさの中で晩年の生を終わらせぬよう、
 そして、表面的な「綺麗事」を自分の実力不足の言い訳にせぬよう、

 これからも稽古を続けてゆきたいと思っています。


 ご挨拶に代えて。


 方条瞬刻


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方条瞬刻

Author:方条瞬刻
■ カルチャー学校講師や身体講座の企画を行っています。 
■ 「動きにおける根本原理の組み替え」に主眼を置いた、【源運動/源武術】の概念を提唱し、武術や身体動作を研究しています。 
■ 松聲館・甲野善紀先生、半身動作研究会・中島章夫先生の術理を研究。 
■ 定期的に中島先生を講師にお招きし、東京都中央区にて「甲野善紀の術理史」という稽古会を開催中。 
ほびっと村学校講座「りきみをぬく」-日常・運動に役立つ脱力法-講師。

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