FC2ブログ

除脚・2

 「蹴る」も「蹴らない」もしない。「結果的」に、蹴っていない。


 「恐ろしいほど足に何もさせない」「腰から下が麻酔か何かで麻痺しているかのように」。
 その日、稽古(けいこ)仲間にはそのような言葉で説明していたと思います。

 じっさい、本当に麻痺していたり、何もしなければ、立っている事すらもできないはずです。
 しかし体感上、確かにそのような状態はあるのです。

 そして、自分はずっとそれと良く似た説明をしていた事に気が付きました。



 「りきみをぬく」という講座で、「力を抜けばいいんです」などと言いながら、両手をつかんだ参加者を転がしたり、後退させている時に、ときどき「なぜ力を抜いているのに相手を押せるのですか?」という質問をされることがあります。


 確かにもっともな質問です。
 自分の中ではあまりにも当たり前になりすぎていて気づかなかったのです。

 最初は自分の中の感覚を思い出しながら答えていたのを覚えています。

 「力を抜きながら人を押す」という矛盾。

 ここには、大きく分けて二つの要素が関係しています。


 まず、「押す」という行為。
 いっけん同じ様に見えても、人はそれぞれとても「余計なこと」をしています。
 いちばんの問題をひとことで言えば、やはり「力んでいる」ということです。


 たとえば何もない空間に、一人で両手を何気なく差し出すとします。

 これと全く同じことができれば、そうとう強い力でつかまれていても、相手はかんたんに後退したり、後ろに崩れます。
 力の入れ方も、入れ具合も、心持ちも、全く同じにです。
 (なぜそうなるかについては、今後何度も説明する機会があるので、ここでは省略します。)


 しかし、じっさい相手がいるわけですから、一人のじょうたいを再現する事は「とてもむずかしい」とも言えます。

 同時に、一人で簡単にできる動きな訳ですから、「とてもかんたん」であるとも言えます。


 「とても難しいが、とても簡単」。

 このあたりに、私は稽古(けいこ)の妙味(みょうみ)があると思っています。


 (つづく)


 ▲ ホームページ先頭に戻る ▲
関連記事

テーマ : 心と身体の健康と運動・武術・武道
ジャンル : 心と身体

tag : 源武術 源運動 稽古法 上達の秘訣 稽古レポート 術理解説 脱力術 相を変えない 根本原理の組み替え

コメントの投稿

非公開コメント

PR

プロフィール

方条遼雨

Author:方条遼雨
■ カルチャー学校講師や身体講座の企画を行っています。 
■ 「動きにおける根本原理の組み替え」に主眼を置いた、【玄運動/玄武術】の概念を提唱し、武術や身体動作を研究しています。 
■ 松聲館・甲野善紀先生、動作術の会・中島章夫先生のアシスタントなども。 
ほびっと村学校講座「りきみをぬく」-日常・運動に役立つ脱力法-講師。

(お問い合わせ、ご感想など)連絡アドレス
houjoushunkoku@gmail.com
●現在、稽古会等の情報をメールマガジンにて配信中(無料)。
 上記アドレス宛の件名に、「メールマガジン希望」と記入し、メールを送信して下されば登録できます。

・ツイッター:
https://twitter.com/HoujouTomonori
・フェイスブック:
http://www.facebook.com/tomonori.houjou
・ミクシー:
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=14477837
・ミクシーコミュニティー「玄運動/玄武術」:
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5908052

※このサイトはリンクフリーです。

カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
検索フォーム
月別アーカイブ
最新記事
関連サイト
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

訪問者
リアルタイム閲覧者数
現在の閲覧者数: