「意味の無い男」

 男は、「自分は世の中を救いたい」といつも言っていた。
 周りは、男を愚か者だとののしった。
 男は、無能だった。
 能力がない。行動力がない。願望を実行に移せる気力がない。
 人は、男に「口先だけだ」と言った。「この世に存在する意味が無い」とも言った。

 男は、自分の存在に意味が無いと思っていた。
 自分にあるのは願望だけだ。
 自分はこの世の中に対して、何一つ意味がある事を為していない。

 ある日、男は車に跳ねられた。
 薄れ行く意識の中、
 「意味の無い人生だった」と、男は思った。
 男は、呆気なく死んだ。
 男を知る僅かな人間も、「意味の無い人生だった」と思った。

 それから時が経ち、数名の死に行く命が救われた。
 救われた患者とその家族は、名も知れぬ臓器提供者に、涙を流して感謝した。
 ある者は再び光の差した両眼で、この世のどこかに存在した何者かに、祈りを捧げた。

 男の携えていたドナーカードには、男が唯一有していた「願望」だけが記されていた。
 それは、ボールペンで記された、小さく歪な、円の形をした願望であった。
 願望は翼となり、男の肉体の欠片を、名も知らぬ人の許へと運んでいた。

 意味の無い男は、意味の無い人生を送り、意味が無いと思われたまま死んだ。
 この世のどこかで、意味の無い詩人が、意味の無い詩を残し、死んでゆく。
 意味の無い歌い手が、意味の無い歌を歌い、死んでゆく。
 意味の無い浮浪者が、意味も無く空を見上げ、死んでゆく。

 意味の無い想いは、詩は、歌は、行為は、ほんの僅かな色を有し、この世界の色と溶け合う。
 そしてこの世界は、誰にも気付かれぬまま、ほんの僅かだけ、その色を変える。

 今日もこの世のどこかで、意味の無い男が生まれ、死んで行く。
 彼等の欠片は、確かにこの世界に、溶けている。
 この世界の色を、意味の無い欠片が、今も変え続けている。
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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

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方条瞬刻

Author:方条瞬刻
■ カルチャー学校講師や身体講座の企画を行っています。 
■ 「動きにおける根本原理の組み替え」に主眼を置いた、【源運動/源武術】の概念を提唱し、武術や身体動作を研究しています。 
■ 松聲館・甲野善紀先生、半身動作研究会・中島章夫先生の術理を研究。 
■ 定期的に中島先生を講師にお招きし、東京都中央区にて「甲野善紀の術理史」という稽古会を開催中。 
ほびっと村学校講座「りきみをぬく」-日常・運動に役立つ脱力法-講師。

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